美術館は4月1日の春のオープンまで冬季休館中です。
ニューヨークの近所のデリ(デリカテッセン)で毎日夕方8時半頃コーヒーを買い、働いているイエメンと互いに日本語で「アリガトー」と大声で言いながら、無料のマフィンを2個か3個もらってくる日々を続けています。イエメンは6人の子供があり、まだまだ2、3人は産むのだと、ひ弱な少子化苦悩世界とは無縁のアナログ素朴世界の住人です。
6人の子供を養うために日々淡々ともう20年以上同じデリで働いています。こちらも日々週に7日全く変わらず芸術制作を続けているのを知っていて、互いにどこかに応援したいという気持ちが呼応しあって、マフィンのオマケをくれることになっています。珍奇な友情というものかもしれません。ニューヨークという誰一人頼ることのない緊張感に満ちた世界に、家族を養うことに目標を定めて働いている人間と、芸術という世界に目標を定めて仕事している人間の稀な共感と言えます。
それでも時々「俺はくたびれた、俺にはバケーションが必要だ」と弱音を吐くこともあり「日本にはいくらかかる?ホテルは高いだろうな」と言うので「俺のところに無料で泊まれるよ」「本当か家族8人だ」「大丈夫だ、いつか来いよ」と美術館管理棟や仕事場に8人くらいは泊まれる、と半分バカげたようだが本気です。実際、世界中の疲れた人間を泊めてやって日本の温泉にゆっくり入れてやりたいとさえ思います。
戦乱の世界最貧国のイエメンからニューヨークに流れ着いた家族8人、日本の貧しい芸術界に絶望して流れ着いたニューヨークの芸術家の日々、互いに質朴な生活の中の琴線の同調音が、マフィンが日々溢れて来るという稀な光景に結実しています。
マフィンは桂子と週に1個くらいは美味しいと食いますが、残りはホームレスに3、4個ずつ透明の袋に入れてリボンを結んで進呈に自転車で持って行きます。ミゾレの降る氷点下の晩にわずかな軒下の空間に寝ている男の頭に持っていくと、目を覚まして気がついたのに渡し、また別の場所では寝ている男女が「腹ペコだった、サンキュー」というニューヨークのホームレス事情にも大分詳しくなって来ました。
実際ホームレスは運命の回転によってはなりかねない、屋根のある部屋で寝ているのは大変な贅沢、幸運であると、自然界そのものの素朴でキビしいニューヨークで感じています。(撮影・編集:岡本)
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